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Webメディアの編集者がよく口にする「コタツ記事」ってなんだ?

大橋博之
Webメディアの編集者やライターの間で広まっている「コタツ記事」とはなにか?「コタツ記事」の起源を探り、僕なりに「コタツ記事」について考えてみた。

「コタツ記事はダメ」というコタツ記事ってナニ?

『Webライター入門』(技術評論社)では、8つのWebメディアの編集者の方にインタビューさせていただいたのだが、そのインタビュー中、何人かの編集者がよく口にしていたのが「コタツ記事はダメ」ということだった。
この、「コタツ記事」をザックリと言うとコタツに入ったまま書かれた記事のことらしい。

冬季限定か?

コタツ記事で検索すると出てくる記事は2つ。
「『取材なしでつくられる「コタツ記事」はやっかいもの』 一次情報をめぐるIT戦士岡田有花さんによる問題提起の続き」
http://togetter.com/li/77015
と、
「コタツ記事に背を向けろ – 灯台もと暮らし」
http://motokurashi.com/writing_rules_miyawaki_kuchiki_4/20150529

「コタツ記事に背を向けろ」は、コンテンツメーカー有限会社ノオト代表の宮脇淳さんと LIGブログ編集長(当時)の朽木誠一郎さんの対談。
宮脇さんは「今はウェブに情報が溢れているように見えがちだから、事実確認となると部屋にこもって「検索」をしてしまう人が意外に多い」と言い、それに対して朽木さんが「僕は最近、まさにそのへんの意識の差が、メディア運営企業の差、引いてはウェブで生きる編集者、ライターが生き残れるかどうかのラインになっていくのかなと感じています。いわゆる「コタツ記事」と言われる部分の話ですね」と答えている。

その下に脚注として、
「コタツ記事:近年、ウェブライターが自宅にいながらにして記事を作成することを、揶揄して「コタツ記事」と呼ぶことがある。《もとくら編集部調べ》」
と書かれている。
この対談は2015年5月29日に掲載されたもの。

『取材なしでつくられる「コタツ記事」はやっかいもの』 一次情報をめぐるIT戦士岡田有花さんによる問題提起の続きに「コタツ記事」という言葉が登場するのは、本田雅一(本人未確認)さんが2010年12月08日に岡田有花さんに返信した「@yukatan 取材アリで論考できないのは能力の問題だけで、少なくとも前提条件は(取材先選択にもよるけど)ある程度信頼できる。でも論考だけでネットに依存したコタツ記事は、その前提条件さえ怪しい(脳内事実認定の可能性アリ)から、やはり比較にはならん」が最初。
つまり、コタツ記事の命名者は、メルマガ「続モバイル通信リターンズ」の本田雅一(本人未確認)さんということになる。

「コタツ記事」の起源(ルーツ)を長々と追いかけてみたが、こういうことって実はとても大切なことなのだ。

「コタツ記事」ってマジでダメなのか?

「コタツ記事」の意味をもう少し探ってみる。
Twitterで「コタツ記事」を検索するといろんな発言が並ぶ。その最後に登場するのが、本田雅一(本人未確認)さんだ。本田雅一(本人未確認)さんは「コタツ記事」をこう定義している。

「ええと、”コタツ記事”というのは、ブログや海外記事、掲示板、他人が書いた記事などを”総合評論”し、コタツの上だけで完結できる記事の事を個人的にそう呼んでます。自分たちでコタツ記事が優れていると宣言している方もいれば、言ってない方も。柔らかな言い方をすると「文献派」の方々」(2010年12月8日)
続いて、

「僕がコタツ記事と言ったのは、他人のブログ引用なのに出典元出さずに断言口調で自分の意見にしたり、メールや電話で確認できることを確認しなかったり、近くに取材対象がいるのに話を聞かずに批判するのはルール違反でしょ、という意味ですよ」(2011年1月1日)
としている。

僕はネットで調べることも立派な取材活動だと思っている。
たとえば、フランスのSF作家であるジュール・ヴェルヌは物語だけでなく、草稿などもフランス国立図書館がデジタル化していて、世界中の研究家がそれを元に研究している。そのおかけで日本にいる研究家や香港にいる研究家が素晴らしい研究成果を発表している。

フランスだけではない、日本でも国会図書館が古典文献をデジタル化していて、先のジュール・ヴェルヌなどは明治時代に翻訳された作品をネットで見ることができる。
フランスに行かなくとも、数十万円もする明治時代の古書を買い求めることをしなくとも、文献を見ることができるのはネットの良いところだ。

だから、ネットで調べることが悪いことではない。
ただし、ネットで調べるだけでは不足する情報がある。
それは足で探す、もしくは電話、最低、メールなどを使ってする必要がある、ということだ。

それにネットの情報は信憑性が薄い。
「コタツ記事」という言葉ひとつとっても、もともとの意味を無視して独り歩きしているしているところもある。
Webライターに「私は調べて書くようにしている」と言う人が多いが、どこで何を調べているか?がけっこう疑問なのだ。
とりあえず今年の冬はコタツを出さない方がよいかもしれない。
大橋博之
フォークラス・メディア編集部【ライター・エディター・プランナー】『Webライター入門』(技術評論社)を監修。著書に『SF挿絵画家の時代』(本の雑誌社)、『心の流浪 挿絵画家・樺島勝一』(弦書房)などがある。 twitter@garamonmini
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